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この時代において、ギリシャ随一の大国にして雷神の加護を受けし雷神域・アルカディア。 その城下町で、戦場から帰還したアルカディア軍の凱旋が行われていた。その先頭、逞しい軍馬に跨った青年が 民衆に手を振る。 「おお…レオンティウス様だ!」 「レオンティウス様…!」 「ありがたや、ありがたや…」 ―――金のメッシュの入った、緩やかなウェーブの茶色い髪を風が靡かせる。精悍な顔立ちの若獅子を思わせる その青年の名はレオンティウス。 アルカディアの第一王子にして次期王位継承者。青銅の甲冑に身を包み、赤いマントを翻らせる姿は、まさしく 威風堂々。生まれながらの王者―――彼を見れば、誰もがそう思うだろう。 「―――雷を制す者…世界を統べる王となる…まさにあの御方のための神託じゃ…」 「何でも、レオンティウス様の雷槍(らいそう)の一撃で、千の軍勢が一瞬にして消し飛んだとか…」 「アルカディア王家が雷神ブロンディス様の血を引く神の眷属だという噂は、やっぱり本当だったんだな…」 「おお、気高き雷の獅子―――レオンティウス!」 レオンティウス!レオンティウス!レオンティウス―――!誰かの叫びが伝染し、盛大な歓声となる。 偉大なる王子を、誰もが祝福していた―――その陰で。 「ふん…いい気なものだ、レオンティウスめ…」 残忍に唇を歪め、蠍の尻尾のような奇抜な髪型をした壮年の男が、射抜くような目でレオンティウスを睨む。 強く勇敢な、誰からも敬われ慕われる、理想的な王子。 「それに引き換え、私は現王の弟とはいえ、所詮は妾腹の仔か…くくく、蔑むならば蔑むがよい…」 <蠍>と呼ばれし男―――スコルピオスは、全てを呪うような暗い瞳で嘯いた。 「精々粋がっていろ…いずれ、貴様も消してくれる…そして、世界の王になるのは、この私だ…!」 ―――アルカディア宮殿。スコルピオスは兄王・デメトリウスに対して進言を行っていた。 「兄上。あなたも知っての通り、我が国は戦乱の渦中にあります…東方や北方からの異民族、そして同胞ですら 互いに殺し合う、まさに混沌の時代と言えましょう」 「うむ、分かっておる」 本当に分かっているものやら、デメトリウスはどこか虚ろな目で答えた。 (これがかつては無双の武勇を誇ったアルカディアの王・デメトリウスか…くくく、今では耄碌(もうろく) しきった、哀れな傀儡だがな…) 内心の嘲笑をおくびにも出さず、スコルピオスは真面目くさった口調で続けた。 「我らには、更なる力が必要です。雷神様の加護のみならず、外の国の神にも目を向けては如何でしょう?」 「ふむ。というと?」 「はっ。具体的に言いますと…」 スコルピオスは続けようとしたが、デメトリウスは「よい」と遮った。 「アルカディアのため尽力してくれたお前の言うことだ、間違いはあるまい―――ワシはお前を信頼しておる。 我が国のためというなら、全て任せよう」 「御意―――」 スコルピオスは込み上げる笑いを必死に堪えつつ、玉座の間を後にした。 「叔父上!」 廊下に出ると同時に、厳しく引き締められた声が飛んだ。そこにいたのは、勇猛なる若獅子――― 「ふん、レオンティウスか。どうしたのかね、怖い顔をして。私は忙しいし、お前も戦場から戻ったばかりで 疲れているだろう。後にしてくれぬかな?」 「そんなことよりも…あの噂は本当なのですか!?」 「噂?はて、なんのことかな?」 「とぼけないでください!」 レオンティウスは、思わず怒鳴り声を上げた。 「水神ヒュドラの力を得るために、星女神の神域へ押し入り、巫女を生贄に捧げようとしている―――まさか、 それが本当ならば、赦されることではありません!星女神の加護篤き神域を穢そうなど…そんなことをすれば、 神罰が我が国に下りましょうぞ!」 「おやおや…これは酷いな。よくもまあそんな出鱈目が流れるものだ。はっはっは」 スコルピオスは、悪びれることなく言ってみせた。 「叔父上…!」 「うるさいんだよ―――男漁りだけが楽しみの、肛門愛好家が」 「なっ―――!」 叔父とはいえ、余りにも無礼な言い草に、レオンティウスは顔を真っ赤に染める。 「わ…私が男色だという事実と、叔父上の企みは、まるで関係ないでしょう!」 「ふん。証拠でもあるのか?私がそんな物騒なことをしでかそうという証拠は?」 「う…!」 それに、とスコルピオスは口の端を歪めて、嫌な笑いを浮かべる。 「気付いていないとでも思ったのか?貴様が私の尻を物欲しそうに眺め回していることを」 「―――っ!」 「なあ、愛する男のやることだ…黙っていては、くれんかね?最も、王は私に全権を委ねてくださったが故、 例えお前でも私を止めることはできんがね…では、失礼する。先も言ったが私は忙しいのでな」 そして―――レオンティウスは、去っていくスコルピオスを止められなかった。 「くそっ…!」 血が吹き出す程の勢いで、壁を殴りつける。噛み締めた唇からも、血が滴る。 「叔父上…何故だ…昔はもっと、優しい男だった…そんなあなたを、お慕いしていたというのに…」 「―――レオン?どうしたのですか」 背後から声をかけられ、思わずびくりとして振り向く。そこに、齢四十前後の女性が立っていた。年齢による 容貌の衰えは流石に隠せないが、それでもその顔立ちや仕草は、今なお美しく、上品と言えた。 「母上…いえ、大丈夫です。何事もありません」 母―――王妃イサドラに向けて、レオンティウスは努めて何でもない風を装った。だが、そこは母親である。 いくら立派な大人になったとはいえ、自分の子供の嘘など軽く見抜ける。 「辛いことがあったのね…さあ、おいで。私の可愛いレオン…」 慈しみの表情を浮かべ、イサドラは両手を広げる。レオンティウスも慣れた動作でしゃがみ込み、母の胸元 に頭を寄せる。イサドラはそれをそっと両手で包み込んだ。 「本当に、私は心配ですよ…お前は強く見えても、本当は甘えん坊だから」 「―――母上。どうか心配なさらないでください」 レオンティウスは、母親を安心させるため殊更に優しく微笑んだ。 「私は、強く生き抜く―――そう決めたのです。死んでしまった、我が弟妹のためにも…」 びくっと、イサドラが身を震わせた。レオンティウスは失言だったか、と自分を責める。 ―――彼にもかつて、兄弟がいた。男女の双子だった。レオンティウスは当時物心つくかつかないかという幼さ だったが、兄になった嬉しさと誇らしさは、不思議と覚えている。けれど。 あの子たちが生まれたのは―――<太陽蝕まれし日>。そして、下された神託。 ―――太陽…闇…蝕まれし日…生まれ墜つる者…破滅を紡ぐ――― それに従い、双子は忌み子として捨てられた。もう―――生きてはいないだろう。 (嗚呼、我が弟妹よ…私は、お前たちが誇れる立派な男になれるだろうか…) レオンティウスは自分を抱きしめる母にも聴こえない程に小さく呟く。答えは、誰も教えてはくれない。 スコルピオスは兵を集め、アルカディアを既に出立していた。 集まった兵士は全て、自分の息のかかった者達ばかり―――何も問題はない。 後は余計な邪魔が入らぬことを、神に祈るばかりだ。 「くっくっく…神域を侵そうというものが、神頼みとは、笑えぬ喜劇だ…」 自嘲の笑みを浮かべつつ、スコルピオスは遥か地平線の彼方を目指す。邪悪なる野望に向けて――― 「さあ、行くぞ。星女神の神域・レスボス島へ―――」
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ゲロンティウス ゲロンティウストゥックの別名。
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ヌンティウス 水星を司る神の名。 別名: ヌンクタートル
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メゼンティウス ギリシャ神話に登場するエトルリアのカイレの残酷な王。 アイネイアスを倒すためトゥルヌスに合流する。 のちにアイネイアスに殺された。 関連: ラウスス (息子) 別名: メーゼンティウス
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ポンティウス キリスト教の守護聖人。 フランスのニースを守護する。 記念日は5/14。
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マクセンティウス ローマ皇帝の一。 関連: マクシミアヌス (父) エウトロピア (母) ウァレリアマクシミラ (ウァレリア・マクシミラ、妻) ウァレリウスロムルス (ウァレリウス・ロムルス、息子) アウレリウスウァレリウス (アウレリウス・ウァレリウス、子) アントニウスドナトゥス (アントニウス・ドナトゥス、子) 別名: マルクスアウレリウスウァレリウスマクセンティウス (マルクス・アウレリウス・ウァレリウス・マクセンティウス)
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その日は、今にも雨が降り出しそうな曇天だった。 「嫌な空だ…」 王宮のテラスで、レオンティウスは嘆息する。 「全くですな。どうにも胸騒ぎがしますぞ」 彼の隣にいた、古強者の風格を醸す中年の男も重々しく同意する。 この男の名は、カストル。自身の兄・ポリュデウケスと共に若輩の頃から騎士としてアルカディアに仕え、かつては 兄と並んで<アルカディアの双璧>と呼ばれた勇者である。 ポリュデウケスは<とある事情>により、若くして騎士を辞任しての隠遁生活を送ることとなり、その後は妻と共に 没した。そして彼らの子供である、双子の兄妹の行方は、杳として知れない。 そのことに対し忸怩たる思いはあったものの、カストルは兄の分までよく働き、今ではアルカディアの大将軍として 勇名を馳せている。 レオンティウスも、幼少時より面倒を見てくれているカストルには未だに頭が上がらない所があった。カストルも、 彼のお目付け役を自認している節がある。つまりはこの二人、分かりやすく例えると、マルスとジェイガンな関係で ある。ロイとマーカスでも可。 万一何かの間違いでこの作品がゲーム化されてしまった暁には、カストルは初期能力ばバカ高だが成長率ゲキ低 仕様でお願いしたい。勿論クラスはパラディン。それはともかく。 「杞憂で終わればよいのですがな…」 カストルは暗い空を見上げ、眉間に皺を寄せるのだった。 ―――悪い予感ほど、よく当たるものである。突如響く悲鳴と怒号。ただならぬ事態を察した二人は顔を見合わせ、 槍を手にして城内へ――― 「ス…スコルピオス殿下!そのお怪我は一体…!」 王宮を警護していた衛兵は、レスボスから帰還してきたスコルピオスの姿に言葉をなくす。彼の姿は、凄惨そのもの だ。全身が焼け爛れ、傷だらけ。もはや生きているのが不思議なほどだった。 「殿下!すぐに手当てを…」 「触るな!」 慌てて駆け寄る衛兵や看護兵を払いのけ、スコルピオスは王の間へと向かう。鬼気迫るその姿に、もはや誰も近寄る ことすらできなかった。 「兄上!至急、報告があります!」 大声を張り上げ、ずかずかと玉座に歩み寄るスコルピオス。 「スコルピオス…?一体どうしたというのだ。いや、それよりもその怪我は…」 「お気になさらず!それよりも、すぐにでも伝えねばならぬことがあります!」 「う、うむ…」 剣幕に押され、デメトリウスは曖昧に頷いた。スコルピオスはそんな彼に近づき、そっと耳打ちする。 「実はですな…」 懐から、鈍く光る短剣を素早く抜きだし、一瞬たりとも躊躇うことなく、デメトリウスの心臓に突き立てた。 「がっ…!?」 「あなたには、死んでいただく。今日から、私が王だ…!」 ぐりっと手首を捻りながら短剣を引き抜く。噴水のように鮮血が迸り、スコルピオスの全身を紅く染めていく。それ を見届ける前に、デメトリウスは倒れ伏し、絶命していた。 「で…殿下!何ということを…グハッ!?」 「ふふふ…くはははは…はーはっはっはっは!」 剣を手に取り、真っ赤に染まった蠍は居並ぶ衛兵達をも次々に斬り捨てていく。笑いながら。哂いながら。 嗤いながら―――! 「叔父上!」 「…ん?」 紅で塗り潰された視界に、二人の男の姿―――カストルと、レオンティウス。彼らは立ち尽くし、その凄惨な光景を 見つめていた。 「レオンティウス…そうか…まだ貴様がいたな…貴様がいては、困るんだよ…」 血と脂と体液と汚物に塗れた兇刃を構え、蠍は歪んだ笑みを浮かべた。 「貴様にも死んでもらわなければ―――私が王になれぬからなぁぁぁぁっ!」 振り翳された刃。それを鮮やかにかわしたレオンティウスは、反射的に槍を突き出す――― その感触を、彼は生涯、忘れることはないだろう。 「叔父上…何故…何故…こんな…」 レオンティウスは今にも泣き出しそうな顔で、スコルピオスに縋りつく。死の眠りへと堕ちていく中で、彼は薄らと 目を開いた。苦々しげに、最期の言葉を紡ぐ。 「ふん…貴様には、分からんさ…生まれながらに王の座が約束された、貴様には…妾腹の仔の、無念など…」 「…………」 「くく…ある男に言わせれば―――私は、虫けららしい」 言い得て妙だと、スコルピオスは唇を歪める。 「それでも私は、自分を恥じてなどいない…ゲスはゲスなりに、虫けらは虫けらなりに、自らの物語を生き抜いた。 そう誇ってさえいるよ」 「あなたはそれで…本当に、よかったのですか…」 レオンティウスの瞳から、涙が零れ落ちた。 「他の幸せもあるかもしれないと…そうは、思わなかったのですか?何が欲しかったのです…屍となってまで…」 握り締めた手に、結局は何も掴めぬまま――― 「何度も言わせるな…これが、これこそが、私の生きた物語(ロマン)だ…不満も未練もキリがないが、他の生き方 など、私にはなかった…あったとしても、いらんよ…そんなもの」 「叔父上…!」 「レオンティウス…覚悟を…決めろ…貴様は…王になれ…世界を統べる…王と…なれ…私を…偽者に負けた愚か者 にだけは…してくれるなよ…雷の…獅子…レオン…ティウス…」 がくり、とスコルピオスの身体から力が抜ける。レオンティウスはその死に顔を、ただ茫然と見つめていた。 「殿下…!」 カストルは悲痛な面持ちで、その様子を見守るしかなかった。騒ぎを聞き付けてやってきた兵士達が、王の間の惨憺 たる有様に愕然としているのも目に入らない。そこに、たおやかな女性の声。 「どうしたのです?この騒ぎは一体…」 「―――!母上!来てはなりません!」 はっと顔を上げて、母―――王妃イサドラを制止しようとするレオンティウス。しかし、もう遅い。 「あ…ああっ…!」 悪夢としか言いようのない、血と死に溢れた狂気の芸術。それを目の当たりにしたイサドラは、顔を一瞬にして紙の ように白くして、よろよろと床にへたり込んでしまう。 「は、母上!」 「くっ…誰ぞ、イサドラ様をここからお連れしろ!」 兵士に両脇を支えられて、イサドラはふらふらと歩きだした。残された者達は一息つく間もなく、これからの対応に 頭を悩ませ始める―――ドタドタと慌しい足音が響いたのは、その時だった。 「陛下!北方より伝令…!?な、何があったのです、これは!?」 「ええい、詳しいことは後で話す!それよりも、用件はなんだ!?」 やってきた若い兵士は、場の惨状に血の気が引くわカストルに怒鳴られるわで、顔を蒼くしながらも答えた。 「は…はっ!申し上げます!北方より、女傑部隊(アマゾン)が侵攻を始めたとの報告がありました!」 「何だと…!?奴らめ、何もこんな時に…!」 カストルが歯軋りしながら悪態を吐く。女傑部隊―――以前から幾度となく交戦してきた、その名の通りに女戦士 で構成された戦闘集団。その武勇と蛮勇は、下手な男などよりも余程恐ろしいものがあった。 今の状況は、はっきり言って戦などしている場合ではないというのに――― その狼狽が兵士達にも伝染したのか、誰もが慌てふためき、頭を抱えそうになったその時。 「皆の者―――静まれ!」 まさに雷の如き一喝に、瞬時にその場の全員が貝のように口を閉じて、声の主を見つめた。 「今すべきはなんだ?アマゾンとの戦いに備えることであろう!」 「殿下…」 先程までの塞ぎ込みが嘘だったかのように、レオンティウスは威風堂々と周囲を見回す。 「し、しかし殿下…今の我々は、王を失ってしまったのですぞ!?とても戦など…」 「王ならば、いる」 レオンティウスは、仁王立ちしたまま腕を組み、宣言する。 「我が父デメトリウスも、叔父上であるスコルピオスも死んだ!もういない!されど、大いなる雷神の血は我が内で 生き続けている―――私を誰と心得る!アルカディア第一王子…否!アルカディア王・レオンティウスだ!」 その姿は、まさしく強壮なる王者そのもの。誰もが自然と跪き、頭を垂れていた。 「おお…殿下…いや…レオンティウス陛下…!」 カストルもまた、滝のような涙を流しながら、レオンティウスを見つめる。 「泣いている場合ではないぞ、カストル―――すぐにアマゾンに備えろ!」 「はっ!」 敬礼し、カストルは兵士達を引き連れて王の間を出て行く。後に残されたレオンティウスは、目を閉じて天を仰ぐ。 「父上…叔父上…」 あまりにも深い、悲しみと悔恨。されど、それを嘆く時間すら、自分には赦されていない。レオンティウスは目を 開き、スコルピオスを貫いた槍を見つめた。 「…この罪こそが、私と叔父上を繋ぐ唯一にして最後の絆だ…この罪だけは、神にすら赦させはしない…だから、 叔父上…どうか、私を見守ってください…」 覚悟を決めろと言うならば―――いくらでも、決めてやる。 「しかし、アマゾンか…あそこの女王も懲りないな…」 数年前、<彼女>とは、初めて刃を交えた―――剣を弾き飛ばされながらも、まるで怯えの色も見せずに、不敵に 笑ってみせた彼女。いずれお前は、私の物になるのだ。そう言ってみせた烈女。 「女王アレクサンドラ…私はお前の物になどならない。このレオンティウス、女を貫く槍は持ってはおらぬ――― 色んな意味で、な」 最後はやたら意味深に呟き、レオンティウスも王の間を後にした。 この先に続く、闘争の日々。そこから逃走することは、彼には赦されていない――― 如何なる賢者であれ、零れ落ちる時の砂を止められない。時代は確かに、動き始めていた―――
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「なんということか…!」 カストルは眼前で始まった二人の闘いを、悲痛な面持ちで見守る。 「何故…何故、私は陛下を止められなかった…」 レオンティウスは、同行しようとするカストルを押し止めてこう言ったのだ。 「一騎打ちで敵の大将を負かすことができれば、この戦も終わる―――決して手を出すな」 それは、確かにその通りだ。しかし――― 「それでも…あの二人だけは、闘わせてはならなかったというのに…!」 されど彼らは出会い、刃を交えた。ならばそれも、避けざる運命だというのか。 「結果はどうあれ、生きていてくだされ。陛下…そして…エレウセウス様…」 「はぁぁぁぁっ!」 月灯りの元で狼(エレウセウス)の魔剣が輝く。それは宵闇を切り裂きながら、獅子の喉笛目掛けて踊る。 「せいやぁぁぁぁっ!」 対するは苛烈に振るわれる獅子(レオンティウス)の雷槍。横薙ぎの一撃で剣閃を弾き、即座に反撃に移る。 「ちっ!」 繰り出される突きを素早いバックステップでかわし、距離を取る。それだけのやり取りで、二人は互いの実力をほぼ 完全に把握し、驚愕し、感嘆さえ覚えた。 (これが<紫眼の狼>…この男、やはり只者ではない!) (レオンティウス―――この男、強い!) 技量は同等。力はレオンティウスが、速度はエレフが勝っている。総合的な戦闘力は互角――― 「ならば…勝つのはエレフだ…」 意識を取り戻し、ゆっくりと身を起こした海馬はそう呟く。 「皇帝様!まだ動かれては…」 「黙っていろ、フラーテル。オレは見届けねばならん。奴の闘いをな…」 「海馬…!それは違う!お前がしなければならないのは、あいつを止めることだ!」 闇遊戯は海馬に向けて叫ぶ。 「お前からは確かに感じる…エレフに対する友情と結束を!ならば、こんな闘いはもうやめさせるんだ!例えエレフ が勝ったとしても、奴はさらに罪を重ねるだけだ!そう―――レオンティウスとだけは…殺し合ってはならない!」 自分の中のエレフとミーシャ、そしてレオンティウスに対してのとある疑惑。ここに来て、それはもはや確信に近く なっていた。だが自分では、それを伝える術はない。自分の言葉など、エレフは聞く耳持たないだろう。 怒りと憎しみの刃。それを振るう腕は、全てを壊すまで止まらない。 「だが…お前の言葉なら…お前の声なら届くかもしれない!頼む、海馬!どうかエレフを…」 「あいつは、エレフはオレなんだ…オレだったかもしれない男だ」 闇遊戯の言葉を遮り、海馬はそう言い放つ。 「誰が何を言おうと、自らケリを付けない限りは怒りと憎しみを消すことなどできん…!」 それはまるで、自分のことのようによく分かる―――自分のことだからよく分かる。 両親を失い、その遺産を親戚に食い潰され、弟と二人で施設に放り出された自分。 後に養父となる男―――海馬剛三郎(かいばごうざぶろう)から受けた、人格が歪むほどの過酷な教育。 それによって植え付けられた怒りと憎しみ。 エレフのそれとは形は違えど、その本質は同じだった。 だから、そう。海馬にとってエレフは云わば、鏡に映した己自身だったのかもしれない。 全てが真逆であり、同時に完全なる相似形。そんな矛盾を孕んだ、もう一人の自分。 「エレフ―――オレは貴様を否定しない!オレは貴様の怒りを、貴様の憎しみを全て理解し、肯定してやる!そこの 甘ったれた連中に教えてやれ…虐げられ、傷つけられる者達の痛みと苦しみをな!」 その声は、確かにエレフに届いた―――届いてしまった。 「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 獣そのものの雄叫びをあげ、エレフの振るう剣が更に力を増す。レオンティウスは巧みな槍捌きでそれを凌いでいく が、その表情からは焦燥が隠しきれない。 (なんという剣を振るうのだ…!怒りと憎しみに黒く染まった、まるで闇そのものだ…!) それだけならば、本来は恐れるに足りない。怒りと憎しみを込めて自分に立ちはだかる相手ならば、これまでに幾人 もいた。彼らとエレフの決定的な違い―――それはきっと、エレフが仲間達の想いをも背負っているから。 怒りと憎しみ。どれだけ重ねようとも、それだけでは容易に砕けてしまう。 しかし、そこに仲間との結束の力が込められたならば――― (その結果が、この力か…!) だが、レオンティウスは心の奥底で、別の想いが沸き上がっていくのを感じていた―――言っておくが、彼の性癖で あるおホモな意味ではない。彼自身にも不思議だったが、そういう感情は何故か一切なかった。 そんな劣情でなくて、その想いはミーシャを見た時にも感じたものだった。どこか懐かしく―――暖かい想い。 (…勝てない。私は、この男には…) 自分には、エレフを憎むことはできない。それどころか、怒りの欠片さえ感じることができないのだ。 負ける―――そして、死ぬ。一国の王としてあるまじきことだが、それでいいとさえ何故か思った。 (この男を殺すくらいなら…まだ、殺された方がいい…) 「レオン!」 その声に、薄れかけていた意識が覚醒する。城之内が立ち上がり、自分に向けて叫んでいた。 「オレは小難しいことは分からねえし、怒りだの憎しみだのもピンとこねえ…けど、これだけは分かるぜ。エレフの 腕は、人を斬る剣を握るためのもんじゃねえ―――妹を守ってやるための腕なんだ!」 城之内の脳裏に浮かぶのは、妹である静香の姿だった。 呑んだくれの父親に愛想を尽かして出ていった母親。そして、彼女に連れられていった妹。 離れ離れになっても、忘れたことなどなかった。 遠く離れても、同じ星を見ていると信じていた。 だから―――海馬とは違う意味で、エレフの想いは痛い程に分かっていた。 分かっていたからこそ、城之内は叫ぶ。 「レオン…勝ってくれ!勝って、エレフを止めてくれ!あいつの腕を、これ以上―――血に塗れさせないでくれ!」 その声が、レオンティウスの萎えかけていた腕と心に再び力を与えた。 「うおぉぉぉぉぉぉっ!」 風車のように槍を振り回し、その遠心力を込めて穂先を剣に叩きつける。エレフは剣を取り落としこそはしなかった が、凄まじい衝撃に腕が痺れ、剣戟が途絶える。 「せいっ!」 その隙を突き、素早く懐に潜り込む。そして渾身の力で鳩尾を殴り付けた。 「がっ…!」 身体をくの字に折り曲げる。更にもう一撃――― 「っ…舐めるなぁっ!」 「!?」 苦痛を無視して、エレフはその態勢から剣を振り上げた。レオンティウスは咄嗟に槍で防ぐが、押し上げてくる力は 予想以上に強い。甲高い音を立てて、槍が弾き飛ばされ、地に落ちる。 「しまった…!ぐぅっ!?」 先程のお返しとばかりに、脇腹に強烈な回し蹴りを喰らう。自分の肋骨が数本まとめてへし折れる嫌な音を聞いた。 「…決まったな」 海馬は満足げな笑みを浮かべた。 「エレフの…オレ達の勝ちだ」 そしてエレフは膝を付くレオンティウスに、切っ先を突き付ける。 「アメジストス…!何故だ…何故お前ほどの男が…」 レオンティウスの声には死への恐怖はない。ただ、深い悲しみが滲んでいた。 「それほどの力を持ちながら、何故このような蛮行に身を任せる…何よりも、我らの同胞(ヘレネス)であるお前が 何故、祖国に対してこのような侵略を…!」 「―――同胞?祖国だと?」 その言葉に、エレフは眉を吊り上げた。 「祖国が私に何をしてくれた…?」 慎ましくも幸せな暮らしを奪い。優しく、愛情に溢れた両親を奪い。 「私から、愛するものを奪っただけではないか…そして、ミーシャまで…」 最愛の妹までも奪いかけた――― 「―――笑わせるなぁぁぁぁぁっ!」 咆哮と共に天高く翳される剣。それは月光を受けて銀色に煌いた。 「エレフ…もうやめろぉーーーーーーーーっ!」 オリオンは地に伏せたまま叫ぶが、それもエレフには届かない。そして今、復讐の黒き刃が振り下ろされる――― その瞬間だった。 ドドド… 「む?」 やたら猛々しい地響きのような音に、エレフの腕が止まる。 ドドドド…ドドドドド…音は段々と大きくなっていく。 「う、うわああああ!?」 後方で悲鳴が上がり、軍勢が真っ二つに割れる。まさしく海を渡るモーゼの如くに、開かれたその道を突き進むのは 一台の馬車とそれを牽いて突っ走る二頭の馬。その御者台に座る女性の姿を見て、エレフは茫然と呟いた。 「ミ…ミーシャ…?」 疑問形なのも当然である。彼女は漫画的表現で滝のような涙を流しつつ、ヒロインにあるまじき余りにも必死過ぎる 形相で、旅人を襲う山姥の如くに髪を振り乱しながら暴走する馬車をどーにかこーにかしようとしていた。 もう自分がどこにいるのかさえ分かっていない様子である。 「いやぁぁぁぁぁごめんなさいごめんなさい死ぬ死ぬ死んじゃう死んじゃう止めて止めて止めてダメダメダメダメ」 支離滅裂な叫びもどこ吹く風、馬車は暴走を続ける。 「な、何がなんだか分からんが…魔法カード発動!<洗脳(ブレイン・コントロール)>!」 闇遊戯がカードを翳した途端、馬達は借りてきた猫のように大人しくなる。そのままエレフとレオンティウスの眼前 で、馬車は停止した。ミーシャはようやく死の恐怖から解放され、生きる喜びを噛み締めた。 詳しく語れば大長編が出来上がるほどの苦難を思い返すと、焦点の合わない眼窩から涙は枯れることなく溢れ出す。 「ああ…白々しいほど涙が熱いわ…生きてるのね、私…私はまだ、い~き~て~る~の~ね~…」 「ミーシャ…その、突っ込みたいことは山のようにあるが、何をしにきたんだ…?」 「ああ、邪魔しないで、エレフ。私は一しきり生命の尊さに祈りを捧げてからあなたを止めにいかないと…」 もはや、まともに会話も成立しない。彼女が平常な精神を取り戻すのには、膨大な時間がかかるかもしれなかった。 「…私が、全て話しましょう」 と―――馬車の中から、落ち着いた声が響く。姿を現したのは、妙齢の美しい女性―――イサドラ。 「は…母上…!?」 今度はレオンティウスが茫然と母の名を呼ぶ。イサドラは、どこか陰のある笑顔を見せた。 「ごめんなさいね、レオン。こんな真似をして…ほら、ミーシャ。しっかりなさい」 ぱんぱんとミーシャの頬を軽くはたく。ミーシャはやや目の焦点を取り戻し、言った。 「あ…おはようございます、お母様。いい朝ですね…」 「今は夜ですよ、ミーシャ」 と、抜けた会話をかわしながら。エレフはその中に、聞き捨てならない言葉を見つけた。 「…待て、ミーシャ。お前は今、何と言った?」 「え?いい朝だって言ったけど…」 「その前だ!…お母様、だと?何を言っているんだ?その女が私達の母親なわけが」 ない、と言う前に、イサドラが首を横に振った。 「ミーシャは寝惚けて私を母と間違えているのではありませんよ…そうではないのです」 「なん…だと?」 「母上…?それは一体…」 言いかけて、レオンティウスは顔を強張らせる。彼の中で、全てが繋がった。 バラバラだったパズルのピースが組み合わさるように―――全てを、理解してしまったのだ。 「やはり、そうだったのか…」 (そうか…アルカディアでキミが言ってたのは、こういうことだったんだね…) 闇遊戯、そして遊戯も得心して頷く。 「おい、遊戯。一人で納得すんなよ!えーと、あれ?レオンのお袋さんがエレフとミーシャの?…え?」 もう訳が分からないとばかりに、城之内は闇遊戯の肩を掴む。 「まさか…そんな…!」 「バカな…!」 詳しい事情は分からずとも、真相を察したオリオンと海馬は愕然とする。 「陛下…イサドラ様…エレウセウス様…アルテミシア様…」 すぐ傍でレオンティウスの闘いを見守っていたカストルは、込み上げる痛みを堪えるように俯く。この場においては イサドラ以外で唯一人、彼は全てを知っていた。知っていながら何もできなかった無力を恥じていた。 「―――今こそ全てを語りましょう、レオンティウス。そしてエレウセウス…」 イサドラは、ゆっくりとエレフに視線を送る。そこに込められた慈愛と悲しみ、そして懺悔と悔恨。 「十九年前、あなたとミーシャは生まれた…そう。闇が太陽を蝕む、あの日に―――」 ―――太陽…闇…蝕まれし日…生まれ墜つる者…破滅を紡ぐ――― その無慈悲な神託が、双子とそれにまつわる者達の運命を大きく変えた―――否。 それこそまさに、運命の意志だったのかもしれない―――
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メーゼンティウス メゼンティウスの別名。
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ラウレンティウス キリスト教の守護聖人。 火であぶられる拷問により殉教したことから、火を扱う職業、コック、ケーキ職人、消防士、ガラス職人などの守護聖人とされた。 ミカエリスのリストでは悪魔オリヴィエに対抗する聖者とされる。 「ローマのラウレンティウス」と呼ばれる。 記念日は8/10。 別名: ローレンス ロレンツォ ローラン ロレンコ ラウレンチオ(2)